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能登半島地震支援(四):中能登町古民家の縁

不思議な因縁で、中能登町町長の宮下幸夫さんが古民家「みおやの里」をボランティアに宿泊場所として提供しました。
慈濟のボランティアは、一月十三日から連続で十七日間、被災地である穴水町の二箇所で温かい食事を提供しました。このような災害地域への迅速な支援が可能だったのは、水と電気が利用できる宿泊地が見つかったことです。そこは能登半島の入口にある中能登町の古民家「みおやの里」で、これには信じられないような巡り合わせがありました。

医師の食事会と不思議な縁

一月五日、慈济のボランティアは災害状況を見るため出発する際、関西協力チームリーダーの陳靜慧は、以前医師の食事会で知り合った陳医師を思い出しました。名詞を見ると、陳医師が勤務している七尾病院も被災地でした。そこで、ボランティアは陳医師を訪ね、一緒に被災地に入っていきました。

十日の夜、慈済は災害地域での温かい料理提供しようと決めましたが、宿泊する場所が見つからずに困っていました。それを知った陳医師は、町長の宮下幸夫さんに相談し、ボランティアに宿泊場所を提供するとの回答得ました。それが百年以上の歴史を持つ古民家「みおやの里」でした。

古民家が家で料理工場

水と電気がある古民家で、毎晩ボランティアたちは次の日の五百人分以上の暖かい食事をつくろうと、野菜を洗い、切り、水袋に水を入れて、午前六時、暗い中をボランティア災害地に向かいました。

夜に「家」に帰り、簡単な食事の後、八時半から、料理の下ごしらえをしながら、反省会をしました。笑い声が絶えず、一日の疲れが消えていきました。

地元で二十年以上医師として活動している陳医師は、地震が発生した後、各方面から物資を募り、二十一回もの物資を運び入れました。「善の循環だ」と陳医師は言います。また、宮下町長は、ボランティアが自分の寝袋だけでは寒すぎるのではないかと心配し、保温マットと毛布を差し入れてくださいました。それは、ボランティア自身に温かい力となったのです。

古民家で料理の下ごしらえをしているボランティアたち。写真/周利貞

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