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水餃子交流会——愛で寄り添い、心を温める

手作りの水餃子を囲み、笑顔と会話が広がった大船渡市での交流会。見舞金支給後も続く訪問を通じて、被災された方々に寄り添いながら、温かなご縁を育んでいます。
石巻連絡拠点の慈濟ボランティア・張君さん(中央)が餃子づくりの講師を担当。東日本大震災で娘を亡くした悲しみを乗り越え、慈濟との縁を育み、東北初の慈濟幹部ボランティアとなった。
今年二月から三月にかけて、大船渡市三陸町において山林火災が発生し、約百棟の住宅が被害を受けました。慈済では見舞金の支給を実施し、六十五世帯193名の方々が支援を受けられました。支給活動終了後も、慈済ボランティアは被災された皆さまを継続的に訪問し、心に寄り添う支援を行うことを計画しました。

3・11 のご縁をつなぐ― 寄り添う行動へ

大船渡市の地元ボランティアである平山睦子さんは、活動会場の調整や地域の皆さんへの広報を担当しました。平山さんは積極的に地元紙「東海新報」を訪問し、慈済による支援活動の実施について、記事として掲載していただくよう依頼しました。

平山睦子さんは、次のように語りました。
「14年前の東日本大震災、3・11の大津波以降、慈済ボランティアの皆さんから温かい支援を受け続けており、心から感謝しています。今回、私の故郷である三陸町で山林火災が発生した際にも、慈済の皆さんが再び支援してくださったことに、改めて深い感動を覚えました。」

彼女は、「これまで『奉献』という言葉は知っていましたが、実際に行動に移すことはできていませんでした。しかし、慈済と出会い、人に寄り添うとはどういうことなのかを学びました」と語りました。さらに、ニュースを通じて台湾・花蓮県光復郷が台風により被災したことを知り、同郷の被災者の方々のために寄付を行いました。

大船渡市の地域ボランティア・平山睦子さん(左)。平山さんは会場調整や地域への広報を担い、地元紙「東海新報」への掲載にも尽力した。東日本大震災以来、慈濟からの温かい支援に感謝を寄せ、今回の三陸町の山林火災でも再び届けられた慈濟の思いやりと支援に深く感動したと語った。
綾姫ホールの館長・村上芳春さんも餃子づくりに参加し、慈濟ボランティアと地域住民の温かな交流を写真に収めた。

手作り餃子を通じて生まれた、温かなひととき

十月十八日午前九時三十分、石巻のボランティアが大船渡市綾里地区の「綾姫会場」に到着しました。当日は、朝に東京を出発した六名の東京ボランティアも合流し、活動を支援しました。

石巻共修処のボランティア・張さんは水餃子作りを得意としており、この日は講師役を務め、餃子の餡作りから生地をこねて伸ばし、包み、茹でるまでの一連の工程を丁寧に指導しました。参加者とともに作業を進めながら交流を深め、完成した水餃子を皆で味わいました。

また、ボランティアたちは4月の見舞金支給の際に、特に継続的な寄り添いが必要とされていた数名の方々について、村上さんに近況を確認しました。最近は状況が落ち着いていると伺い、参加者一同、安堵の表情を浮かべました。餃子作りを終えた後には、地域の皆さんが出来上がった水餃子を手に、笑顔で記念写真を撮影しました。

橋本さんは、自宅近くで慈済ボランティアが配布していた活動チラシを目にし、今回の活動に参加されました。「思っていたよりもずっと簡単でした。普段は料理をする際、レシピを見て分量を量りますが、今回は『目分量(目で見て調整すること)』を学ぶことができ、とても新鮮で達成感がありました」と、笑顔で話してくださいました。

また別れ際には、「このような活動を開いてくださった慈済に心から感謝しています。皆さんとおしゃべりしながら手を動かし、楽しく学ぶことができ、何気ない朝がとても特別で幸せな時間になりました」と語られました。

思い出と笑顔を包み込んで

イベント中、渡邊さんは手際よく、終始笑顔で餃子作りに取り組んでいました。子どもたちがまだ小さかった頃に、家族みんなで焼き餃子を包んだ日々を思い出しながら、次のように語られました。

「当時は子どもが3人おり、現在は主人と二人で暮らしています。今日こうして餃子を包んでいると、多くの思い出がよみがえり、手作りの料理の良さを改めて実感しました。」

翌日、地元紙『東海新報』には、今回のイベントの様子に加え、四月に実施された慈済の支援活動についての記事が掲載されました。また、『毎日新聞』の記者は取材記事を掲載しただけでなく、現場の温かな雰囲気が非常に印象的だったとして、慈済に感謝の手紙を寄せました。さらに、『毎日新聞』のウェブサイトにも、当日の様子を伝える写真が掲載されました。

大船渡市の地元ボランティアである水野貞一さんは、活動に参加した後、慈済ボランティアに対し、自身の地域でもぜひお茶会を開催してほしいと、何度も声をかけていました。

また、隣接する釜石市のボランティア伊東信一さんは、脳梗塞の後遺症により身体の動きが不自由になった後も、慈済のイベントには欠かさず参加しています。この日も梨を一箱持参し、ご縁として皆さんに届けてくださいました。

釜石市のボランティア・伊東信一さん。脳梗塞の後遺症を乗り越え活動に参加し、この日は一箱の梨を持参して皆に振る舞った。
正午頃には、山林火災の被災者である袖野雄さんが、6人家族で会場を訪れました。末っ子の男の子が恥ずかしがって会場に入ろうとしないと聞き、ボランティアはすぐに温かな水餃子を届けましたが、男の子はさらに照れてしまい、車の座席の下に隠れてしまいました。そのとき、慈済二世(慈二代)の謝承軒さんが、事前に準備していた餃子をテーマにした絵本『餃子はどこへ行ったの?』と七巧板(知育パズル)を取り出し、やさしく読み聞かせを始めました。すると男の子は次第に安心し、ついに車から降りて会場へ入ってきました。最初は両親の後ろに隠れていましたが、謝承軒さんが絵本と七巧板で寄り添い続けるうちに、少しずつ心を開き、やがて笑顔でお菓子を口にするようになりました。心のこもった愛と寄り添いが、子どもの不安と緊張を、信頼と安心へと変えていきました。

新芽奨学生に寄り添って

大船渡での水餃子交流会終了後、19日には慈済ボランティアが、現地で新芽奨学金を担当している数名のボランティアと交流しました。岩鼻清一先生ご夫妻も、日頃から貯めていた硬貨を持参し、台湾で発生した台風の被災者支援のために寄付を行いました。

今野さんは、山林火災発生後、ボランティアと共に被災状況の確認を行い、会場の借用や被災者への広報などに協力してきました。今後は、地域の新芽奨学金ボランティアとしても活動していきたいと話しています。また、今野さんは平田公民館の館長でもあり、将来的に同館で慈済のお茶会を開催する約束も交わしました。

岩鼻清一さん夫妻(左、中央)は、日々積み立てた募金を持参。さらに台風被災者支援のため、慈済に善款を寄せた。

帰路の途中、ボランティアたちは気仙沼市を通り、新芽奨学金を受けている牛渡冠士さんのご両親が営む飲食店を訪ね、店内で昼食をいただきました。牛渡さんのご両親は、慈済の支援によってお子さんが無事に学業を修められていることに、深い感謝の思いを慈済に寄せていました。

その後、仙台駅に到着したボランティアたちは、列車を待つ時間を利用して、仙台で学ぶ新芽奨学生たちとの交流を行いました。

和食料理を専攻し、来年3月に卒業予定の村上斗輝さんは、卒業後、東京のホテルで料理人として働く予定です。ボランティアは、休暇の際にはぜひ東京の慈済を訪ねてほしいと声をかけました。

また、教師を志す佐藤優輝さんは、今年4月に大学1年生となり、夏休みには地元の学校で積極的に実習に取り組み、経験を積んでいました。

家庭環境が厳しい中でも、素直で前向きに学ぶ学生たちの姿に、ボランティアたちは大きな喜びを感じました。そして、慈済の精神を分かち合い、将来は「手のひらを下に向けて人を支える存在」になってほしいとの願いを伝えました。

数日間にわたる愛灑活動を通じて、大船渡市の山林火災被災地での関わりや、新芽奨学生との交流の中で、慈済の静思語である「愛は人間界の宝。心に愛があれば、いつでも人と人の間に、暖かく感動的な景色を見ることができる」という言葉の意味を、あらためて実感することができました。

 

慈濟による大船渡での支援活動の情報は、こちらからご覧いただけます:大船渡森林火災

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